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私が私であるということ。 闇を見詰めて生きる、生きなければならないということ。 飢えても、悶えても、そのために清浄でなければならないということ。 あの子が生命の灯火の最後に全身で教えてくれたメッセージ。 私は私を生きる、それをあの子はどこまでも望んでくれたから。

posted at 20:36:12

結局、言葉では分からないことだし、実感まで持っていこうとしたら、それは最早、一つのプロジェクトかのように膨大なパワーを要する。仮にそこまでしても、一瞬でその労苦は軽視されたり、しまいには恨まれたりすらすることもあるというハイリスク。手を出して、その打撃を受けたときは半端ではない。

posted at 20:24:28

には、経験上、そういう人が多い。奥に渦巻くものを隠して、明るく振る舞おうとするから、抑えの効かないネガティブが顔を出して、それに囚われる。言葉を、その意図を裏返して勝手に別物にしてしまうんだな、と思える。もはや、それを一つ一つ解説することすら面倒臭くて、不毛にしか思えない。

posted at 20:21:19

起き出して電気を点けて周りながら、ふと、あの人のことを思い出す。随分と短い関わりだった。 最初は明るい人かと思ったけれど、やはりというか、実はというか、やはりネガティブ変換されて、認知がズレていく人だった。それも極端すぎるほどにと思える。繋がったきっかけとなった、あのコミュニティ

posted at 20:18:33

その答えへの足掛かりと、自らを歩き出すための手掛かりを探るかのように。答えは、いつも消えそうな小さな微かな声でやってくるから。 現実はリアルであり、まやかしであるから。

posted at 19:51:34

目が覚めると真っ暗かに思えた。間接照明の光だけがポワッと光り、静寂に包まれていた。気がつくと愛猫がすぐ隣で寝てくれていて、その温もりに頬を寄せて、じっと静寂を味わう。この暗闇にこそ、何かがあるかのように、すぐには電気を点けずに。なぜ私は歩けなくなったのだろうか。

posted at 19:49:26

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