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長女の高校入学が引き金になって

連想ゲームみたいにいろいろと

浮かんできたことを綴りますー。

 

 

入学式での高校の先生の言葉に

受験の厳しさを知らないのんきな自分が、今

わたしの知らない世界にいることを感じて

 

「恥じ入るような気持ちになっていました。」

 

と、書きました。

 

恥ずかしい、その気持ちには2種類ありました。

 

ひとつは

 

のんきな世間知らずであることを

自分が、本当の意味で自覚したのが

今、、、という、気恥ずかしさ。

 

もちろんわたしにだって

イッツ ア スモールワールド を出てから

今日にいたるまでの社会経験があります。

 

年を重ねた分だけ

世間は知っちゃあ、いるけど

世渡りはうまくありません。

 

自分の弱さや甘さ、不甲斐なさを

思い知らされることが多かった。

 

自分の生まれつきの気質が

人生に影響していることも

最近知ったのですが

 

コミュニケーションに問題のある

母親のもとで

また、ひとりっ子として

育ったことの影響もあると思います。

 

たとえば、兄弟がいればよくある

おやつやおもちゃの取り合いや競争。

 

取った取られたの経験がないからか

損得勘定や欲も薄く

駆け引きや交渉、策を講じてまで

望む結果を手に入れる執念も希薄

 

なんです、わたし。

だけど、もっと、みんな、必死。

 

わたしは、転職も引っ越しもしたし

アラフォーで産んだこどもを介して

知り合った人もいる。

生まれ育った時代や環境など

バックグラウンドの違う人との

出会いは多かったのでは、と思います。

 

いろんな人と出会った

その職場、その集団には

生き残るために、勝ち残るために

 

しのぎを削る人

嫉妬して人を陥れる人

怨みで形相が変わった人

利を得ようと躍起になる人

品格のない仕返しをする人

自分の思い通りにするため策略にかける人

保身のために攻撃してくる人

ご機嫌とりをする人

知らんぷりをする人

 

一生懸命な人がいました。

そこまでする人の気持ちが

わたしにはわからなかったのですが

 

ずいぶんと長い間

 

必死になれない自分に

利害や損得、勝負に執着できない自分に

一生懸命になれない自分に

 

罪悪感というのか

敗北感というのか

社会からはみだしている感が

ありました。

 

社会からはみだしている

自分は守られてない

ひとりじゃ生きていけない

不安でいっぱい

 

こんな思考回路だったのかな。

 

もう今では

生き辛い世界から撤退し

 

人との競争や数字での勝負に価値を感じない

自分を受け容れました。

 

自分の生まれ育った時代や環境が

競争社会ではなかったことは

自分では選べないこと。

 

入学式直後は

世間知らずで甘ちゃんの自分に対して

恥ずかしい気持ちだけでしたが

 

自分のバックグラウンドを再確認して

 

生き辛さに向き合いながら

ここまで生きてこれた自分に対して

 

よくぞまあ、のほほんとのんきなまま

生き延びてこれた自分に対して

 

褒めたたえる気持ちが湧いてきました。

 

もうこの先、路線変更はないでしょーよ。

いよいよ時代は「令和」になりますが

わたしは「わたし」のまま生きていく

覚悟を決めました。

 

 

連想ゲームをほっといたら

高校入学から老後の覚悟まで

いってしもたやん(笑)

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 出典・引用元ページは コチラです。

 出典・引用元WEBサイトがある場合は以下に表示されます: わたしにあるもんで。


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