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このスレッドを拙ブログの記事にしてみました。 『大海原へ』  hakuu.xyz/post-1158/

posted at 23:43:32

寂しさを埋めるために離れられないで、どこか演じ続ける。 刹那の仮面と感じていても……。 自分を生きようとしない限り、堂々巡りの落とし穴。

posted at 21:07:06

自分で自分のことを許して受け止められていないと、 他人に埋め合わせてもらおうという気持ちになってしまう。 でも、自分をさらけ出すのが怖いままなので、 それで受け止められても、どこまで行っても満たされることはない。 本音を隠して迎合してばかりだと、そりゃ、しんどくなる。 でも

posted at 21:05:05

刹那 → 刹那、仮面、迎合、

posted at 21:01:19

「幸せになる決意」が、" 本当に " 持ててるかどうか。

posted at 21:00:19

刹那に走っても、そこにはない。

posted at 20:19:43

…… 私は、そう大切に捉えていたい。

posted at 20:18:42

心が自立した者同士が、相互に理解しようという気持ち、 相互に支え合っていこうという、それが継続した上にある。 継続には、自己の成長や向上を求める心での取り組みも必要だし、 それは義務感や自己顕示、マウントなどのためではなくて、 共に、楽しく安らげる空気を創り出すためのものとして

posted at 20:17:52

幸せそうな姿を見て「わたしだけがいない」という想いに囚われる時、他者承認に魔法の杖のような効果を、どこかで求める心情になっていないか。 答えも道も、依存の中にはなくて、魔法の杖はない。 依存は、新たな問題を引き起こす。 人生で寄り添い歩くとは、よく言うけれど……

posted at 20:10:57

全てが光り輝いて、取り巻く世間はおしなべて味方と応援者ばかりに見えていた多幸感。 光が強ければ影も強くなるというが、急転直下して私を突き落としたのは、本当は何だったのだろう。 都合のよい打算に乗り切らなければ蹴落とされるなら、輝いているように見えて、その実は何と表せられるものか

posted at 04:34:35

インディアンが浄化のために 煙をくゆらす習慣があるという話を思い出してみたりする

posted at 02:58:34

ゆらゆら、煙をくゆらせて眺めたり

posted at 02:57:10

タバコも軽く吸うけれど、本数もだいぶん減らせられてきた

posted at 02:56:12

まるで、→ まるで生きている心地のしない、

posted at 02:48:08

静かでおだやかな夜 間接照明の柔らかい光 ちょうどよい気温 猫も隣でスヤスヤ 私はお気に入りのグラスで ウィスキーをロックで、ちびちびと 頬杖をつくと感じる手の体温 自分の呼吸 まだ、こうして生きている 生きていられている 明日をつくる、いのちがある

posted at 02:43:09

のたうち回り、人には言えないような闇のトンネルを通り抜けるまでにかかる期間は、まるで、悠久の時のように長く感じられてしまうかもしれません。 その上で新しく掴みかけた自分を見い出し始めたら、その時はある程度、掴みきるまで油断はしないのが肝要。 全て私個人の経験談から綴ってみました。

posted at 02:32:26

元々、癒えかけたところを抉られたそれは、前の傷より深く悪化してしまっているので、元通りに治るということはないようです。 過去にないぐらい、哀しいぐらい人間不信が根強くなってしまったり、そうなると、別の境地を内観で繰り広げていかないと窒息してしまうような状態。

posted at 02:28:05

少しずつ生傷が癒えかけていくような段階になると、少しずつ元気も出てくるでしょう。 しかし、その時に油断して注意を怠ると、生傷を抉られて塩で塗られるような事態を招いてしまったというようなケースもあります。 そして、それは時とともに、少しずつ癒えていったとはしても……

posted at 02:23:14

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