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無知の知

posted at 22:31:28

「まさか、私が、こんな人生を歩むなんてー」と感じている方へ

posted at 19:44:01

目に映るもの全てが、聞こえてくるもの全てが、心を苦しめる。 不幸にしがみついているのでもなく、無意識にそうなってしまう辛さ。 その実感が一つも分からないのに、なぜ言及できるのか。 私には、その浅はかさで無茶な振る舞いが分からない。

posted at 19:12:57

予想もしてなかった理不尽な痛みを、少しでも乗り越えながら進もうとしてきているなら、痛みを感じている人を揶揄するようなことは、絶対にしない、できない。 それは、セカンドレイプと同じようなものだ。 諭したり揶揄したり、その言葉の端々で、すぐに分かる。 あ、何にも分かっていないな、と。

posted at 19:08:01

その手の人は、万が一でも、自分が想定以上の痛みを少しでも受けると、スゴい過剰反応をしがち。 人間なのに、まるで、小動物。 それなら、それで関係ない他者のことに干渉しなければよいのに、自分の目先の感情のために、他者を消費しようとする。 ハイエナ。

posted at 19:05:15

誰しも、どんなに頑張っていても、誠実に気持ちを込めていたって、時と場合により、壮絶な消せない痛みを背負うことになることもある。 そんなものは頭では、絶対に分からないということが分かっていないから、安易に口出せて揶揄できてしまう。 何の耐性もないから口出さないとたまらないのだろう

posted at 19:02:09

偉そうに言いつつも、壮絶な痛みに弱い。 なぜなら、そこまでの経験がないから。 そこまでのものを見せられたくなくて、嫌煙するから揶揄するという攻撃的な行動に出る。 それを正論っぽく言うことで、自分に大義名分を付けて正当化しても、そんなものは透けて観える。

posted at 18:58:59

痛い、痛い、痛い、ただただ痛い。 感情の垂れ流しと揶揄されようと、こうした、どうしようもない痛みを背負っている人は、私一人ではない。 痛みの最中にあると、人はより一層、孤独感に陥りやすいが、自分以外にも同種の痛み方をしている存在があると、リアルに知るだけでも違う。 揶揄できる人は

posted at 18:56:34

週末やからと、一人、軽くアルコールを入れる。 気をゆるませて、いつもより進む。 自分の中にある、消えない痛みを、まざまざと感じさせられる。 まだ、痛みが強く残っているんだなぁと感じる。 術もなく、呆然として目を閉じる。

posted at 18:52:47

行動して観えてくる自分もあるやんね。

posted at 18:42:35

「求めよ さらば得られん」 求めて行動しなければ、何も得られないという意味だが、それは自分を取り巻くものに求めるという意味だけなのかな。 自分自身に求めよ、というのもあるんじゃないかな。

posted at 17:57:58

重箱の隅より、明るいほうを向こうよ。 天気の良い日に、空を見ようよ。 手をかざして、太陽を見てみようよ。

posted at 13:25:50

何の人間関係もないところにすら、少しでもマウンティングを取ろうとする哀愁。

posted at 13:22:58

静観してる → 「静観していますねぇ。頑張ってください」とコメントする

posted at 13:20:13

向かえられて→向かえて

posted at 13:18:45

なりたい自分になろうと向かえられていないと、他人のことが気になるという逆効果の構図はなくならないねぇ。

posted at 13:01:14

何も変える動きをしていない人が、している人を揶揄したり、小馬鹿にしたり、静観してるなどとの上から目線。 こういった姿って、いつでもどこかであるけれど、何なんやろうね。

posted at 11:12:23

考えたら、今の状態でも、随分と幸せそうなのかもしれない。 ずっと、どこかで不幸を背負ってきたけれど。 人それぞれだからね。

posted at 11:01:00

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